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出版不況のなかでも、クルマの本はとくに売れない。企画段階で「クルマの・・・」と言った瞬間NGなんていうのもオーバーじゃなくて、実は僕自身も味わったりしている。
さらに、クルマ業界の中でも語られることが少ないデザインについてはなおさらなんである。そういう意味でも、中村史郎氏による『ニホンのクルマのカタチの話』は、かなり稀少な例だと思う。
ただ、デザインの専門書的なものを期待するとちょっと違って、かなり噛み砕いた表現でまとめている。とくに前半は、氏の目指している考えを実際の日産車を例に語るので、少々商品紹介っぽくもあり「おやおや?」となったりする。
それでも、後半は「チーフ・クリエイティブ・オフィサー」という難しい肩書きの意味と役割を語るべく、デザイン論的な話が出てきて興味深い。
いちばん面白いのは、日産就任当時から、すでに自身ではスケッチを描くことをやめていたことかと思う。
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ご存じのとおり、デザイン部長なりチーフデザイナーというのは、自分のテイストをその会社の商品に投影することがほとんどで、その独自な力を見込まれて責任者に就くのが一般的でしょう。
だからクリス・バングルみたいに賛否両論な改革が起きたりするんだけど、中村氏は最初から「まとめ役」に徹したのが面白いし、さらに、そうしたひとりのデザイナーによる“特徴付け”をきっぱり否定しているのが目新しい。
そして、デザイン業務そのものについては、たとえばインフィニティの概念を「あでやか」としたのが面白いな、と。
いや、トヨタが「バイブラント・クラリティ」とか「Lフィネス」とかいう理屈っぽい概念で、結果的に袋小路に迷い込んでいるのに対し、より解釈の幅を広くできる概念で自由な発想をしているのが巧い。
逆に、日産ほどの規模で、決まったファミリーフェイスや定型の素材を持たせず、しかしどのクルマを見ても日産車に見え、かつ質が高い、というディレクションは相当難しいと思う。だから、実際「あれ?」っていうのも散見されるワケだけど。
まあ、デザインに精通している人にとっては、かなり入門書的な軽い読み物だけど、日本のメーカーの現役デザイナー(役員)がこうした本を出すこと自体は、やっぱりとても意義深いと思う。
(11/04/01 すぎもとたかよし)
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